2008年のベストソフトとして、ひと味違ったペイントソフト「AKI 黒板 Nx」を紹介したい。その名前の通り、黒板へのチョークによる描画をシミュレートしたソフトだ。「黒板」というと、誰でも思い出すのは学校の教室だろう。落書きをした想い出や、日直で黒板消しをパンパンはたいてチョークの粉を飛ばしたこと、力を入れるとすぐに折れてしまうチョーク、いたずらで黒板をひっかいてキーキーさせたことなど、少年・少女時代の甘酸っぱい記憶とともに、あの書き味が甦ってくるはずだ。
「AKI 黒板 Nx」は、その書き味に対する作者(秋山 博紀(AKI)さん)のこだわりがすごい。チョーク独特の描画線がそのまま再現されているだけでなく、チョークの粉が、まるで本当に黒板との接触面から出るように現われ、しかも粉雪のようにゆっくりと落下して溝の上に降り積もる。また、黒板消しを使って文字や絵を拭き取るように消すと、その消し跡が黒板面にうっすらと白く残る。描画線も多彩で、チョークを寝かせて描くと幅広の線が描ける。さらに、キーやマウスと組み合わせることで、「細い(薄い)線」「点線」を表現することも可能だ。
デザインや操作性も、徹底して本物の黒板をリアルに再現している。ウィンドウは、ほぼ全面が暗緑色の「黒板」で占められる。操作パネルは、マウスポインタを近づけると自動的にオープンし、離れると閉じることで、黒板への描画中に気分がそがれることはない。下部にある「溝」の上にはチョークや黒板消しなどのツールが並んで置かれ、描画時には、チョークを1本ずつマウスで“つまんで”使う。チョークの色(白/黄/赤/青/茶/緑/紫)も実在する色ばかりで、赤は少しピンクっぽいとか、黒板上に書いたときの微妙な色合いも本物そっくりだ。
さらに黒板の色も、
- いまでも事務用黒板で使われているポピュラーな緑色の「スタンダード」
- 古い教室などで使われた暗い紫色の「クラシカル」
- ユーザが任意に指定できる「ユニーク」
から選択することが可能。使い込むほど、作者の黒板への“愛着”が感じられるのが好ましい。……と、ここまでは、楽しさやおもしろさばかり指摘してきたが、「AKI 黒板 Nx」は、決して単なる中年向けの懐かしソフトやお遊び用ソフトではない。作者は、授業やプレゼンテーションなどでの実用面もかなり意識しているようで、そのための便利なツールも用意されている。
例えば、背景へのグリッド表示があり、方眼のグリッドの色(灰/白/緑)と間隔(32/64pixel)を選べるほか、連絡板のグリッドも使える。また、黒板の状態をキャプチャしてBMPファイルに保存できる「撮影」があり、描いた「作品」を人に見せることができる。さらに、描画の様子をビデオキャプチャして映像データに保存できる「ログ記録」を使えば、漢字の書き順や絵の描き方などを人に示すことが可能だ(ただし独自形式で、「AKI 黒板 Nx」のみで再生可)。
プレゼンテーションツールなどでよく使われる「ページャ」機能もある。黒板1面分を「1ページ」として扱うもので、“ページ送り/戻し”でページを“めくれる”ほか、「ジャンプ」で瞬時に指定ページに切り替えることも可能。「ページャ」を利用すれば、プレゼンの場で、あらかじめ用意しておいた複数の黒板面を切り替えて使ったり、必要に応じてその場で書き加えながら人に説明したりということもできる。
2001年に誕生(作者が小学生のときの作品!?)して以来、数度のバージョンアップを重ねて成熟してきたソフトらしく、ペイントソフトとしてのインタフェースと、「黒板」ならではの機能性・操作性とが、実にうまいバランスで組み合わせられている。最新版の「Nx」になり、簡単に真っ直ぐな線を引ける「三角定規」と、一度にたくさん消せる「おおきい黒板消し」が追加されて、一層使い勝手が向上した。
もうここまで来たら、さらに黒板シミュレータとしての完成度をとことん上げてみたら、ということでいくつかリクエストを出してみたい。まず、チョークの「折れ」や「音」、チョークがだんだん減って短くなる様子は、実現されたらうれしい「お遊び」要素。あったら便利そうだと真剣に思うのは、円を描くコンパスや、角度を測れる分度器。数学の授業とか、図形やチャートを用いたプレゼンできっと役立つはずだ。あと、中くらいの幅広線を描くために、短いチョークがある(使えるチョークの長さが切り替えられる)とよいのではないか、と思った。