本年のベストは、アプリケーションとゲームのどちらから選ぶか、随分と悩まされた。そのどちらにも甲乙つけがたい候補があり、なかなか一本に絞ることができなかったためだ。結局、アプリケーションよりもゲームの方がより“生もの”で鮮度が重要という強引な理由づけで、昨年同様、ゲームから選ぶことにした。2011年のベストオンラインソフトに選ばせてもらったのは「朝焼けの謳」。スラム街の中で生まれ育った二人の少女と主人公の青年との出会いを描いた中編ビジュアルノベルだ。主人公の行動範囲はほとんど一棟のビルの中だけ、登場人物は余人を交えず三人だけと、極度に限定された世界の中で密度の濃いドラマが展開されてゆくのが魅力となっている。二人の少女のセリフがフルボイスで演じられてゆくのもうれしい。
物語の舞台となるのは、そのどことなく重苦しい雰囲気から「鉛街」と通称されるようになった、メガロポリス・東京の一角にある街。日本最後のスラム街が存在し、警察の手も届かないアウトローたちが跋扈する無法地帯と化している。
ある大雨の日、そのスラム街にあり、幽霊が住むと噂されているため、誰も近寄りたがらない「お化けビル」と呼ばれる廃ビルに「式守晃弘(しきもり・あきひろ)」という名の青年が逃げ込んだことから物語ははじまる。彼は、わずか二週間ほど前に鉛街にやってきたばかりで、雨宿り先が見つからず困り果てた末、好奇心も手伝って「お化けビル」を目指したのだ。
そしてそこで、「蔓篠芽(かずら・しのめ)」「蔓灯(かずら・とも)」の二人の少女と出会う。篠芽は、鉛街で生まれ育ち、スラム街で生き抜くしたたかな知恵と行動力を身につけた17歳の美少女。灯は、篠芽のことをを「ママ」と呼ぶ9歳の少女だ。二人は、一見廃墟のようなこのビルの中に住み、噂を恐れて誰も近寄ろうとしないことを利用して、自分たちの身を守って生活を続けていた。
見た目の繊細な美しさとは裏腹に勝ち気でガサツ、ルックスのよさを活かして水商売をしているものの、酒にはとても弱く、下ネタが好きな篠芽。9歳という年齢以上に見かけも喋り方も幼く、小学校にも通わず滅多に外出することもなく、ビルの自室でぬいぐるみなどを相手に一人遊びをして過ごすことの多い灯。そして二人とは対照的に、お坊ちゃん気質で青臭さが抜けず、強い正義感を持つお人好しの主人公。この三人が、お化けビル中で共に生活をすることで、時には激しく衝突しながらも互いを理解し合い、やがては心を寄せ合ってゆく。心温まる一方で、起伏にも富んだ、息もつかせぬドラマが展開されてゆく。読後感も非常によい。