ウィルスショック

ジェットの場合

どうにもいかん。スパイクの風邪が直ったと思ったら、どうやら俺にうつったらしい。昔から風邪は人にうつせば治るっていうからな。
つまりだ、今度は俺がフェイかエドかアイン・・・アインはうつるか知らんが、とにかくあいつらにうつせばいいのだ。そうすればきっと風邪は治るだろう。
「おい、フェイ。水、持ってきてくれ」
持ってきたところにくしゃみでもすれば、絶対にうつるだろう。そして、うつれば治る。
俺はそんな作戦を立てつつフェイを呼んだ。
「何言ってんのよ。そのくらい自分でやれば?」
・・・駄目か。そうだ、まず持ってくるかどうかを考えていなかった。まぁあの女そういうのだけは敏感そうだからな。しょうがない、じゃあここは一つエドにでも。
「じゃあ、エドでもいい。早く水くれ」
ソファから体を起こしてエドに手を振った。そう、早くしてくれないとあの漢方ってのが出てきちまう。
エドの方は走り回りながらいつも通りの調子で、
「お水ですかー。はいはいー。みっずさし、みっずたま、みずしょうばぃ〜♪はっぴゃくやちょうに〜♪」

・・・本当に水持ってくるのか?突然バケツでも抱えて出てきたら…いや、もしかしたらミミズ持ってきたなんて、ベタなボケをするかもしれない。あ、この船にそんなものないか。
と、そんな事を考えているうちにコップ片手にエドが出てきた。よかった、ちゃんと持ってきた。
「はい、お水で〜すよ〜」
よし、今だ!くしゃみをかけちまうぞ!

はぁっはぁっはあっ・・・

出ないじゃねーか。

俺が口を開けたままの顔で固まっていると、エドが大きな瞳で覗いてきた。
「ジェット、大丈夫ですか〜」
な、何だよ、照れるじゃねーか。目を逸らして俺は言った。
「ん、あぁ、大丈夫だ。そ、それより、あっち行ってろ。風邪うつるぞ」
「あ〜い!」
テーブルの上にコップを置くとエドは走っていっちまった。俺もなんでいきなりいい人になってんだ。エドに気を使ってもどうしょうもないだろうが。
残るはアインか・・・。だがなぁ、アイン呼ぶなんてかなり怪しいよなぁ。どうせ呼んでも飯じゃなけりゃぁ来ないだろうし・・・そのうち勝手に来るのを待つか。


「おい、ジェット」
ソファの後ろからの声で俺は目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。振り返るとスパイクが眉をひそめて立っている。
「おぉ、スパイク。何だ?・・・!ま、まさか!」
俺は一瞬恐怖に固まった。あの漢方が出てきてしまったと思ったのだ。だが、奴の口からは意外な言葉が出てきた。
「腹へってんだ。飯まだか?」
・・・え?
「そうよ。とっとと作ってくれないとさ。ビバップで料理できんのあんただけなんだからぁ」
スパイクの後ろからフェイの声も聞こえてきた。
「エドもお腹ペコペコ〜」
「ワン!!」
結局ぞろぞろと、飯のためだけに全員リビングに集まってきた。
おいおいちょっと待て!どいつもこいつも、今俺が風邪引いてるって知ってるだろうに。
「お前らだけで勝手に作ってくれ!!俺は今病気なんだよ」
俺が半ば自棄になってそう言うと、フェイはかなりむっとしたようだった。だがそんな事構わん。俺は風邪なんだよ。具合が悪いんだよ。こじらせてカウボーイ長期休業だけは勘弁なんだよ。つまるところ、金がないんだよ。
すると、スパイクが頭をかきながら歩き始めた。
「んー、じゃあ作るとするか」
おぉ、スパイク。いい事言うじゃねぇか。やっぱりあいつは頼れる相棒だぜ。
「じゃあエドも〜」
エドは手を振り回しながらスパイクの後を追う。
う〜ん、いいねぇ。エプロン着けておかえりなさーいなんてな・・・いや、何言ってんだ俺は。
二人がキッチンに向かった後ろ姿にフェイが言い放った。
「二人で早く作ってよ!いい!?」
この跳ねっかえりの女だけはどうしようもねえな。絶対嫁の貰い手がねえぞ。30過ぎて焦っても知らんからな。

二人の姿が消えた後、包丁の小気味いい音が聞こえてきた。これはスパイクだろう。あいつも結構筋がいいかもしれん。そのうち料理とは何たるかを教えんとな。
包丁の音がやむと、今度は何かを炒めている音がした。切った野菜を炒めているんだろう。
しばらくその音は続いた。肉も一緒に炒めているんだろうか。いや待て。肉はきらしてるはずだぞ。だがその音はまだまだ続いている。全くやむ気配がない。
・・・?
「もしかして・・・」
嫌な予感がした。俺はけだるさを引きずりながらキッチンへ走った。
「ん?起きて来たのか」
煙草を咥えながら、スパイクは俺の愛用中華鍋を持っていた。

が、その中身は・・・黒い物体が入っていた。きっと元は野菜だったのだろう。
「お、お前、スパイク・・・」
「ああ、これか。ちょっと、失敗しちまった」
「まっくろくろこげ、くろくろのこげぇ〜」
ちょっと失敗だぁ!?・・・これじゃあこの鍋使い物にならないじゃないかよ!しかしどうすればこんなになるまで炒めておけるんだ。
「・・・スパイク、お前は加減ってものを知らないんだよ」
俺は呆れつつ、ぼやくように言った。風邪の頭痛なのか、それともこいつらに頭を痛めてんのか、どちらにしても非常に頭が重く、痛い。
ん、まてよ・・。
「ってことはやっぱり俺が作るしかないのか!?」
俺の言葉に大した反応も見せずに、煙草の煙を吐き出しながら言った。
「まぁそういうことだな」
スパイクの奴は料理を放り出してキッチンを後にし、エドも続いて出ていった。俺はただ、使い物にならなくなった中華鍋を前に呆然としていた・・・。

ハアックション!!

くそっ、今ごろになって出やがった・・・。

  Misfortunes never come singly


作/Can.T

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