ドライアイの充血した目で、バグの原因を見つけられない自分の馬鹿さ加減を罵りながら、崩れ落ちそうなぼろアパートのきしんだ窓を開け、冬を越すごとに朽ちていくベランダに立つと、近づく春のやわらかな風が額をかすめ、子どもたちの嬌声が空に反射していることに私は気がつく。「ふぅっ、この呪われたクソ忌々しいコンピュータの電源なんぞ、とっとと引っこ抜き、今すぐ部屋を出、街の乾いた風の中をあてどなく漂いたい」
池袋の西口公園に立つと、月曜の午後で人はまばらだった。ゴスペル調のアカペラを練習しているグループが公園の隅を囲っていた。心地よい和音に暫しぼんやりしていると、ほっそりと髪の長い、どこか儚げな雰囲気のする少女が、噴水の前に佇んでいるのが目に留まった。何となく気になり、ゆっくり噴水に近づくと、突然少女の方から話しかけてきた。
「見てご覧なさい、この陽光に輝く水面を! まるで真珠が溢れているようだわ! 一粒一粒が命を持ち、詩を唄っているよう! そしていくつかの真珠は風に運ばれ雲の上まで旅をするのよ。
あぁ、なんて世界は美しくてそして不思議なんでしょう。街や人や風、どれもがみな輝き、途切れることなく流れ、そしていつか消えてしまうの。私は私の限られた時間の中、あとどれ程世界のきらめきを見ることができるのかしら? 人々が心にそっと秘めている気高さを 強さを どれだけ知ることができるかしら?
あぁ、そして私は、どれだけの人たちにやさしさを与えることができるのかしら? やがて私の時間が終わり、この世界を去ったあとも、私の伝えられなかった想いや言葉が春に息吹く木の芽のひとつとなり、誰かの目に映ることがあるかしら?」
私はどきまぎしながら何と答えてよいかわからず「そうだね。タマちゃんだっていつか消えてしまうんだろうしね」と言うと、少女は束の間、軽蔑の眼差しになったが、すぐに微笑みなおし、
「それよりあなた、足もと、気をつけた方がいいわよ」
私は、ベランダの床がメリメリと不吉な音をたて、これ以上ここで直立忘我していれば1階の物干し竿に股間を強打する可能性に恐怖し、跳ねるように部屋に戻った。
「それにしても、光学式マウス買ってこなくちゃなぁ」とマウスボールを綿棒で掃除しながら、なぜ、オーラストップ目のKIKUCHIが対面MARiMOのホンイツ見え見え2フーロの場面で五萬切りの強打に出たのか、日が落ちた部屋を85Hzでちらつくディスプレイだけが照らす中、ドライアイで充血した目で延々と考え続けるのでした。
(加藤 芳朗)