妻は夕方まで戻らないはずだ。そっとパソコンのスイッチを入れる。起動音がやけに大きく聞こえるのは、後ろめたさがあるからだろうか。先日早く帰宅した日、パソコンの前に座る妻の肩越しに垣間見た画面はいつもとは違うメーラだった。デスクトップに見慣れないアイコン。思い切って起動すると、予測していなかったメッセージ。「システムを完全に消去します」システムを消去? そんなプログラムがあるのだろうか? 疑わしいが、「OK」ボタンを押す度胸は私にはない。彼はメーラを起動しただろうか。いや、慎重な彼はきっと起動しないだろう。仕事でパソコンを使用しているからシステムを消去するといわれたら「OK」ボタンは押さない。そして、うまく回避する知識は持っていないはずだ。あのメッセージはまったくのダミー。実際はメッセージを無視して「OK」を押せば、ソフトが起動する。驚かすことが目的。ただそれだけのメッセージ。ターゲットとなるソフトにはまったく手を加えない、気軽なカムフラージュ。
(十矢)