Raining

「ジュリア・・・」

そう口にし、スパイクは愛した女の事を思い出した。
彼女を愛して初めて、死ぬ事が怖くなった。
それまで、生きる事に彼は執着をもたなかった。
ただ、ゲ−ムをするように、体が熱くなるままに、銃を握っていた。
地位なんて欲しくはない。
組織の中でどんなに力を持とうと彼には関係のない事だった。
ビシャスと二人、数え切れないような血を流し、常に戦いの中に身をおいた。

「・・・馬鹿・・・」

不意にジュリアの顔が浮かぶ。
言葉とは裏腹に彼女の表情は今にも泣き出してしまいそうだ。
スパイクが目を開けると、そこはジュリアの部屋だった。
体中には包帯が巻かれている。
「・・・どうやら、俺はまだ地獄には落ちてないようだな」
苦笑を浮かべ、ジュリアを見る。
スパイクは3日前の対立組織との抗争で負傷をした。
彼は多くの部下を救う為、ビシャスが止めるのも聞かず、敵の真っ只中に飛び出して行ったのだ。
普通なら、生きているはずはない。
彼の尋常ではない生命力と悪運の強さが再び彼をこの世に引き止めた。
「・・・ビシャスは?」
鈍く痛む体をベットから起こす。
「・・・長老たちに呼ばれて出かけたわ」
傷だらけのスパイクをここに連れて来たのは、ビシャスだった。
それは毎度の事だ。
ジュリアはその度に胸が痛む。
どうしてこんなにもスパイクは無謀なのか・・・。
いつだったか、ビシャスが口にしていた。

”奴は死に場所を求めているようにしか見えない”

その言葉の意味はジュリアには痛い程わかる。
初めてスパイクに会った時、鋭いナイフのような気がした。
手にすれば、たちまちにズタズタに切り裂かれてしまう。
孤独を背負い、真実を心に溜め込んだように生きている。
一体、その瞳は何を見つめているのか・・・。

「・・・そうか。世話になったな・・・」
そう口にし、スパイクはベットから立ち上がった。
「まだ、無理よ。寝てないと・・・」
慌てて、スパイクに駆け寄る。
ジュリアの忠告通り、ベットから起き上がるのはまだ無理だった。
立ち上がった瞬間に激痛が走り、思わず倒れそうになる。
「スパイク!」
ジュリアは咄嗟に彼を抱き止めた。
甘い香水の香りがした。
その香りはとても心地良くスパイクの鼻を掠める。
昔から、ジュリアは不思議な女だった。
捕らえどころがなく、危険で、悲しみに満ちた瞳をしていた。

「・・・なぁ、どうしてあんたはそんな瞳をしているんだ?」
ジュリアに支えられ、スパイクは彼女の瞳を見つめた。
一瞬、彼女の瞳に戸惑いが生まれる。

そして、次の瞬間、二人の唇は重なった。

窓の外に降り注ぐ雨の音が聞える。
これが夢なのか、現実なのか・・・。
スパイクにはわからなくなる。
ただ、感じるのは躊躇うように触れ合った唇と唇・・・。
より一層悲しそうにスパイクを見つめる彼女の瞳だった。



「雨か・・・」
振り出してきた雨を頬に感じ、スパイクは空を見上げた。
まるで、泣き出してしまいそうな空・・・。
ジュリアの顔が浮かぶ。
唇を離すと、何も言わず、ジュリアは哀しそうに微笑んだ。
その表情は何を意味していたのか・・・。

ビシャスへの裏切り・・・。
友情の破滅・・・。

大方、そんな事を考えていたのかもしれない。
ずっと、惹かれていた。
彼女の脆さに、鋼のような鋭さに・・・。
初めて会った時、片割れだと感じた。

しかし、彼女がビシャスの女だと知った時、スパイクには何もできなかった。
どんなに惹かれていても、親友の女には手を出すな。
これが、組織の掟・・・。
死を共にしてきたビシャスへの誠意だ。

だから、彼女への想いは胸に仕舞い込み、今まで考えないようにしてきた。
それが、突然、彼の目の前に叩きつけられた。

どちらからともなく、自然に重なった唇・・・。

あの瞬間にわかった。
彼女も同じ気持ちだったと・・・。
求めていた魂の半身なのだと。

「・・・くそっ・・・」
悪態をつき、街を歩く。
振り出した雨は勢いを強めた。
それでも、構わずにスパイクは雨の中を歩いた。
今は頭を冷やしたかった。
気づいてしまったものを無理矢理忘れてしまいたかった。



「俺もその任務に乗る」
組織のとある一室で、ビシャスが対立組織への報復手段を部下たちに説明していると、そんな声がした。
「・・・スパイク様!」
リンがずぶ濡れになった彼に駆け寄る。
「嵐の中にでもいたのか」
ビシャスはスパイクを見つめた。
「あぁ」
そう呟き、スパイクはビシャスの元に歩みを進めた。
「どういう事だ?俺を外して、作戦会議か?」
彼の顔を覗き込む。
「・・・今のおまえは邪魔だ。怪我をした奴なんかに用はない」
いつもの冷たいビシャスの言葉が掛かる。
眉を上げ、彼を見る。
「はっきり言ってくれるな」
苦笑を浮かべ、スパイクはビシャスに殴りかかった。
ビシャスはそれを寸前の所で交わし、反撃に出る。
体中に痛みを感じながらも、ビシャスの攻撃を交わす。
二人は多くの部下が唖然とする中、殴り合いを始めた。

「お二人ともその辺にして下さい!」
リンとシンが同時に二人を止めにかかる。
「これでも、俺を連れて行かない気か?」
捨て猫のような瞳でビシャスを見る。
ビシャスは考えるようにスパイクを見つめ、小さく苦笑を浮かべた。
「・・・勝手にしろ」
止めても聞かない事はわかっていたので、ビシャスにはそう答える事しかできなかった。





銃弾の雨の中を再び、スパイクは走っていた。
まだこの間の抗争で負傷した体は治りきってはいない。
だが、彼は驚く程の集中力で撥ね付けた。
銃を手にし、撃つ瞬間、体中が熱くなる。
血が滾り、余計な事は考えられなくなる。
それこそ、彼が望んだ事だ。
戦いの中で身を置き、初めて生きがいを見出せる気がした。

”馬鹿よ・・・本当に・・・”

耳の奥でジュリアの声がした。
哀しむような瞳が浮かぶ。

「・・馬鹿か・・・」
彼女の言葉に胸の中が締め付けられる。
「スパイク!!!後ろだ!!!」
ビシャスの叫び声がする。
ハッとし、後ろを振り向くと、銃口が彼を見つめていた。

ここで終わりか・・・。

そう思った瞬間、ジュリアの顔が浮かぶ。
そして、一度だけ重なった唇・・・。
胸の奥が熱くなる。

死ねない・・・。

初めてそう思う。
体中が生きる事を望み始める。
冷え切った彼の瞳に力強い光が灯る。
銃声が聞えた瞬間、スパイクも銃を放った。

そして、再び意識を失う。


瞳を開けると、そこは見慣れた部屋だった。
窓際に佇む影を見つける。
窓から差し込む陽が彼女の黄金色の髪を鮮やかに際立たせる。
彼には彼女の姿が神々しく見えた。

「俺はまだ生きているみたいだな」
ベットの方から声がする。
ジュリアはその声に弾かれたように振り向いた。
いつもと変わらぬ包帯だらけの彼が優しく微笑んでいる。

「本当に懲りない人」
詰るように口にする。
「一体、どれだけ傷つけば気が済むの!」
感情が高ぶる。
らしくないとわかっていても、目の前の男に怒鳴らずにはいられない。
「・・・ジュリア・・・」
初めて感情的な彼女を目にする。
胸が痛い・・・。
「・・・本当に馬鹿よ・・・あなた・・・」
彼女の頬に涙が流れる。
「・・・すまない・・・」
彼にはそう答える事しかできなかった。



「おい!スパイク!!聞いているのか!!」
不意に彼を呼ぶ声がした。
「えっ」
声のした方を向くと、ジェットがいた。
「相変わらずぼ−っとして、昔の女の事でも思い出してたんじゃないの?」
冷めたようにフェイが口にする。
勘の鋭い女だと思いながら、表情には出さない。
「別に・・・」
そう呟き、彼は空を見上げた。
あの時と同じように今にも泣き出してしまいそうな空だった。

作/Cat

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