ピッチの上に男が立っている。

男は自分に問う いつ頃からだろう

自分の体が思うように動かなくなっていたのは

自分の意志が周囲に影響を与えなくなってきたのは

その男は一歩踏み出した。

もうそこに躊躇いは感じられない

彼は自分の舞台から去る決意をしたのだ

が、その決意は全ての始まりなのだ

そして、男はもう一度問った


いつ頃からだろう

自分の存在が必要とされなくなったのは



Session# J's
ジェイズ ヴィクトリー



ビバップは今、アステロイドベルト漂っていた。
つい先日まで追い駆けていた大物賞金首がここに潜んでいるという情報があって、ここに来たまではよかった。
しかしスパイクが風邪でダウンしてしまっっている間に、他の賞金稼ぎが捕まえてしまったのだ。
その風邪はジェットにうつり、今度はフェイがダウン中である。

さっきまでフェイはリビングで横になっていたが、ジェットとスパイクに邪険にされてたので不機嫌に、というより具合悪そうに自分の部屋へ行ってしまった。
そしてフェイのいたソファにはどっかりとスパイクが腰を掛けている。
彼の視線の先にはモニターがあり賞金首の情報が流れている。
その時リビングに戻ってきたジェットが言った。
「どうだ、いい首でも見つかったか?」
スパイクは天井へ視線を移しながら言う。
「どいつもザコじゃないかよ。もっとこう、でかいのないのか?」
いつものやりとりだったので、ジェットは肩を竦めて言う。
「小さい事からコツコツと、ってよく言うだろ?簡単なとこでもいいじゃねえか」
これもいつもの通りである。この後はスパイクが賞金首のリストから一番高いのを選んで、というのが普通なのだが、この日は違っていた。

突然ジェットが口を開いた。
「ん?なんだ、この爆破犯で詐欺師って奴は。爆破してんのに30万ってのも腑に落ちないな」
画面が止まる。そこには一人の男が映っていた。ジェットには見覚えがあった。が、誰なのかが思い出せない。ジェットは再び映像を眺めて詳細を読んだ。
「なになに・・・コータ・J・フォワード?サッカーの試合の最中スタジアム爆破、死傷者300人以上か。なるほどな。スタジアムのオーナーが賞金かけてないのか。で、詐欺だけで30万か」
ブツブツ言っているジェットを見ながら、スパイクは思い出した。
「こいつ、サッカー選手だろ?」
「そうだ!たしか 『コンサート・オーレ』とかいうチームの名ストライカーだったはずだ。・・・だがなぁ、何で試合中に爆破なんかしたんだ?」
再びブツブツと言い始めたジェットに少しうんざりしてスパイクは画面を変えようとしたが、
「ちょっと待て。こいつにしないか?賞金額は低いがよ、実際は結構なクビだと思うぞ」
ジェットがそう言ったが、スパイクはやはり乗り気ではない。
「なぁ頼むよスパイク。フェイが使えるようになるまででもいいからよぉ」
懇願するジェット。さすがにここまでされると困る。第一、スパイクには絶対やらないという理由はない。ただ賞金が安いとか、ザコだとか、その程度の理由なのだ。そこまでされて断るような理由でもない。

溜め息を吐いてスパイクは短く言った。
「わかったよ」
スパイクは気になっていた。何故ジェットはここまでこの賞金首に関ろうとするのか。すると思いかけず、ジェットの口からその答えが出た。
「ん?なんでこいつにしたいって顔してるな?実はな、昔の同僚がコンサート・オーレの大ファンでなぁ。上手くいけば情報をもらえるって寸法よ。確かこの辺のイーリエに居るはずなんだ」
ちょっと得意げに笑っている。
おもむろにジェットは煙草を取り出して一本咥えた。彼は煙草に火を付ける前に言った。その口調はさっきとは違って落ち着いたものになっている。眼には鋭い光を宿していた。
「ただ、気になる事もあるんだ。何が奴を犯罪に駆り立てたのか・・・」

スパイクは少し可笑しかった。
犯罪に理由を考える…。
やっぱりアンタの天職は警官だよ
心の中で、スパイクは呟いた。


アステロイドベルトには多くの都市がある。それぞれの小惑星に一つないし二つ程度。
それも決して大きいわけではない。火星で言えば田舎に当たるようなものだ。
しかし、その中でも異彩を放っているのがイーリエだ。ここには唯一、スタジアムがある。全天候型ドームで、あらゆるスポーツが可能になっているのだ。
そこでは小惑星にあるスポーツチームが時々熱戦を繰り広げる。あいにくチームが少ないので試合自体も少ないのだが。
意外にもビバップは数分もかからずイーリエに到着した。どうやらジェットがスパイクに頼む前から船をこちらのほうに向けていらしい。
きっとジェットは一人でもやるつもりだったのだろう。昔の友人に会うためにも。

早速仕事にかかる事にした。ジェットは知り合いの警官に情報を貰いに、スパイクはエドと共に情報を探す事にした。その前に・・・





ジェットはフェイの部屋の前に立っていた。右手には不似合いにホットミルクの入ったコップを持っている。今彼は部屋へ入るタイミングをはかっていた。ジェットはそのままの格好で思っていた。
スパイクが乗り気じゃない時は、フェイは重要な人手だ。早く治ってもらってスパイクのために大物でも追いかけるか。

そうだよ、別に今回の賞金首はフェイのために捕まえに行くんじゃない。確かに手に入れた金でフェイには美味いものを食わせてやろうとは思っている。

フェイのためじゃないさ、フェイのためじゃ・・・そう、みんなのためだよ。

右手に持っているホットミルクが微かに波打った。
だがら今ここで部屋に入るのをためらう事でもないだろう。
自分にそう言い聞かせてドアを開けた。ジェットの目には眠っているフェイの姿が映った。
「フェイ、おい!フェイ!」
とりあえず呼んでおく。フェイが片目を開けた。ジェットはそれに敢えて気付かない振りをして言葉を続けた。
「何だ、寝てるのか。これ、置いとくぞ。早く飲んじまえよ。おっと、遅れちまうな」
そして、言いきる前にその場を立ち去った。

本当は遅れてしまうような予定などない。一応、格好つけるために付け足したようなものだ。そして、彼はその同僚に会うために街外れの警察署へとハンマーヘッドを飛ばすのだった。





一方スパイクはビバップ号の一角で、エドと一緒に居た。
「エド。コータ・J・フォワードって奴の事調べてくれ」
エドの後ろに立ってそう言った後、スパイクは思い出していた。

俺は何故ザコを相手にしないのか。

駆け出しの頃は、ジェットの情報量とスパイクの行動力がなかなか噛み合わず、やっと賞金首を捕まえても、マシンの修理費や怪我人の治療費など諸経費で全部無くなってしまっていた。
その頃からザコは一銭の得にもならないという事を実感していた。
しかし実際のところは、スパイクの行動力が裏目に出て経費がかさむことが多かった。スパイクは気付いてはいないが普通の賞金稼ぎならばザコで十分食っていけるのだ。
今ではてこずらなければ、一応黒字にはなっている。だから大物ばかり狙う必要もない。
あえて言うならば、大物の放つ危険さを求めているのかもしれない。
自分が本当に生きていることを確かめられるような、激しい危険を。

スパイクはふと我に返った。目の前にいるはずのエドが消えている。主のいないパソコンのモニタには子供の落書きのような絵が映っていて、そのところどころが動いている。これを見る限り情報を探しているようには思えない。
エドが本当に仕事をする時は、ゴーグル型のモニタを使う。
これはあからさまに、考え込んでいるスパイクの横をすり抜け逃亡したに違いない。
スパイクはうんざりして、振り返りざまにエドの名前を呼ぼうとした時、

「いたよー!!白いこいびとー!!」

声は上から聞こえてきた。
スパイクはもう一度、視線をコンピュータに戻す。すると画面にはさっきまでと違う映像が流れている。が、視線を僅かにずらすと、一本のコードが上に延びていた。それを辿っていくと、天井にぶら下がったエドが現れた。
「エド、見つかったのか?」
いつもとは違う角度でエドを見る。よくもまぁ、あの短時間で天井へ上ったものだ。スパイクは感心しかけたが、慌ててそれを打ち消した。
「うんっ。コータはね、『白いこいびと』って呼ばれてるんだよっ」
「白い恋人(ホワイトラヴァー)か・・・で居場所は?」
「試合中に帰っちゃったあとは、火星とか、ガニメデとかでサギだったけど、そのあとはわかんないよぉ。それでね、その試合ってね、爆破事件があったのなんだって」
スパイクは再び考え込んだ。が、この子供はお構いなしで話し掛けてきた。
「白いこいびと捕まえるの?エドはぴよこー!」
「なに?」
スパイクにはどういう繋がりか分からない。が、その疑問はすぐに解けた。
スパイクの足元に落ちている雑誌に「地球の隠れ名物特集」のページがあり、丁度開いているところに白い恋人の文字がある。どうやら地球の食べ物らしいのだ。
「あぁ。捕まえてくるんだよ。フェイの風邪が治るまでな」
「ふ〜ん。じゃあ、いっぱい持ってきてねっ!」
エドと話すとまず話が噛み合わない。どうも調子を狂わされるのでスパイクは足早にその場を立ち去った。

後ろでは笑顔で手を振り続けているエドが残されていた。





「コータとは同じ世代でね、僕の青春ってのは彼が活躍している姿なしじゃ語れないのよ」

ジェットの目の前でイーリエの警官は、コーヒーを片手に嬉しそうに話し始めた。
ライトブラウンの長髪を後ろに縛り、耳には「コンサート・オーレ」のマスコット、オーレ君のピアスがついている。
おおよそ警官には見えない風貌は、ジェットが現役だった頃からほとんど変わっていない。
まさに年齢不詳だ。

彼は今から8年前ジェットと同じ職場にいた。そのころからコータというサッカー選手の大ファンだった。
だがそれが災いしてか、ある事件を担当したときに彼はこっそりサッカーの試合を観戦しに行っていたのだ。
彼にとってこれは日常茶飯事だったのだが、ちょうどその日に犯人が逮捕されてしまった。
担当者は何処へ行ったと騒動になり
「そんなに好きならいい所に配属してやるよ」
と言われ、それからはずっとこの"スタジアムがある"イーリエに左遷されたのだった。
ただ本人は
「これで心置きなくサッカー観戦ができる!しかもここはコータのいるコンサート・オーレの本拠地だ!」
と大喜びしたのだが。

彼は自分のデスクから写真を取り出してきて続けた。
「これ見てよ。僕とコータの写真!18の頃毎日練習グラウンドに見学に通ってたらね、顔憶えられちゃってコータが同い年だからって一緒に写真とってくれたのよ。一生の宝物だね。欲しい?あげないよぉ」

・・・要らねって。

ジェットは心の中で呟いた。すぐにでも本題に入りたかったが、情報を得ようとする時は相手の世間話しを熱心に聞くのも必要なのだ。こういう場合は相手に合わせるしかない。
「ところでディダ、何でコータは『ホワイトラヴァー』って呼ばれてんだ?」
その男、ディダは不敵な笑みを浮かべた。煙草を咥えたジェットを見据えている。

「説明しましょ。70年くらい前にね、コータ・ヨシワラって名前の伝説のストライカーがいたのよ。本当にすごかったらしくてねぇ、公式戦のハットトリックの連続記録だっていまだに破られてないし。で、その伝説の男がね、唯一出演したCMが銘菓『白い恋人』だったのよ。それでコータ・J・フォワードは同じ名前同じポジションだから、賞賛の意を込めて『ホワイトラヴァー』って呼ばれてるのです」

「なるほどな・・・」
流れるような説明に聞き入ってしまったがジェットが気がつくと、ディダの態度は変っていた。

「・・・で、なに?事件を追ってるから僕のところに来たんだろ?なにが知りたい?」
さっきまでのディダとは別人のような冷たい声。事務的、というよりあえて感情を押し殺している感じだ。顔をうつむかせているので表情は分からない。
やはり彼の中でのコータは憧れの人であり、親友も同然であり、そしてディダ自身も今回の事件で苦しんでいる者の一人なのだ。
ジェットも仕事の顔、賞金稼ぎではなく警察官の顔になり、淡々と質問をし始めた。
「どうしてスタジアム爆破の賞金が懸かってない?」
ディダはうつむいたまま即答する。
「チームの問題だな。スタジアムのオーナーがチームのオーナーなんだよ。自分のチームの選手に賞金かけるのがチームの人気を落とすってことになるのは分かりきってるしな」
「じゃあ、どうして犯人だと?」
「それは簡単だ。あの時は僕もスタジアムにいたんだが、試合中に突然コータがピッチから歩いて出ていったんだ。驚いて監督が追い駆けてったら、ドカン。その音で監督たちは驚いて腰抜かしたんだけど、コータだけは悠然と歩いていた。で、音の方向にあったはずの壁には大きな穴があいてたわけ。コータはそこから外へ消えていった」

まるで状況が目に浮かんでくるようだ。。
いかにもエンターテイメント性あふれるファンサービスにも思える。それにしてはやり過ぎだが。
「それだけで、か?」
「いや、もちろん裏も取れてる。一応大企業のクラブチームだから僕みたいなのには捜査させてくれないんだよ。コータに会って言いたいこといっぱいあるのにさ」
ディダはそこまで言うと顔を上げた。明るさが少しだけ戻ったが、その顔には憂いをおびた微笑が湛えられている。

「じゃあ、奴は今どこにいる?」

「・・・心当たりはあるんだ。上司には言ってない」

ジェットは驚いた。
ファンなんてものは個人情報くらいしか知らないと思っていた。が、そんな特別なことまで情報を持っているとは。寧ろ、ディダはファンではなく友人と言ったほうが良いのかもしれない。
ディダは泣きそうな顔をしている。そして、絞り出すように小さな声でジェットに言った。
「・・・もし見つけたら、最初に僕のところに連れてきてくれないか?もちろん手柄はジェットのものだ。彼に会って・・・」
「生憎、俺はもう警官じゃないんだ。賞金稼ぎに転職したんだよ。まぁなおさらだが、見つけたら一番にお前のところに連れてきてやるよ。約束だ」
ジェットが吐き出した煙の向こうでディーダは小さく頷き、ペンを執って何か書きだした。おそらくコータの居場所を書いているのだろう。
ジェットは頭を掻いた。

目の前の年齢不詳の男は、コータに何を言うつもりなのだろう。
野暮な話だが、何故そんなことをしたのか、と責めるのだろうか。
・・・そう、何故そんなことをしたのか。暫く消えかけていた疑問が頭の中に膨れ始めた。
「なぁ、ディダ。奴はどうして爆破なんてしたんだ?」
結局、その野暮な質問をジェットはしてみることにした。
書き終えたらしく彼はペンを置いて紙切れをジェットに渡しながら言った。
「多分、僕みたいなコータファンがいなくなってきたからかな。彼、プレイヤーとしてのピークは随分前に過ぎてたんだ。コータの中では今辞めるのはプライドが許さなかったんじゃないかな」
「それで爆破か?」
「うん。メチャクチャみたいだけど、それが彼の中で唯一の『サッカーを辞める方法』だったと思う」

ジェットは下を向いて沈黙した。
口に出そうとした言葉はディダを傷つけてしまうのは分かりきっていた。
ただジェットは優しく、
「ファン辞めるなよ」
それだけ言って部屋を後にした。

ジェットの姿が消えた後、

「ジェット・ブラック、36歳か。人のこと言えないけど、36には見えないなぁ」
ジェットを傷つけてしまう言葉を、36歳の彼は今呟くのだった。

  To be continued


作/Can.T

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